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「お主、できるな」戦わずして勝利する生活のたしなみ – 昭和の映画と五輪書に見る武士の心

昭和の時代劇を見たことがある人は、「お主、できるな」「ただものではないな」「こやつできる」と酒を飲んでいる主人公の武士を見て、退散する輩のシーンを多く見たと思います。

なぜなのか、それは鍛錬したものだけが身に着ける事ができる確固たる佇まい(たたずまい)が隙を消しさり、次の刹那の結末が相手に伝わる所作をみにつけているからだ。

宮本武蔵の五輪書に記述される佇まい

『宮本武蔵の五輪書 – 水の巻』をご紹介します。

一 兵法、心持の事。

兵法の道におゐて、心の持様ハ、
常の心に替る事なかれ。
常にも兵法のときにも、少も替らずして、
心を廣く直にして、
きつくひつぱらず、すこしもたるまず、
心のかたよらぬやうに、心をまん中に置て、
心を静にゆるがせて、其ゆるぎのせつなも、
ゆるぎやまぬやうに、能々吟味すべし

訳:
兵法の道において、平常心が大切だ。
日常においても、有事においても常に変わることなく心を開いて物事を直視し、緊張せず、緩くなりすぎにならず、心偏らず、心を真ん中において、一つのことにこだわらず。
自在に流動させ、その流れを止めることのないよう精進しなはれ。

一 兵法、身なりの事。

身のかゝり、顔ハうつむかず、あをのかず、
かたむかず、ひずまず、
目をミださず、額にしわをよせず、
眉あひにしわをよせて、
目の玉のうごかざる様にして、
またゝきをせぬやうに思ひて、
目を少しすくめる様にして、うらやかにみゆる顔。
鼻筋直にして、少おとがひに*出す心也。

訳:
姿勢について、言うと、顔はうつむかず、仰向けず、傾けない、曲げない、目を動かさず、額にしわをよせることなく眉間に皺をよせて目玉を動かないように。
そして、瞬きもしないように心がけて、目を細くして、穏やかな顔つきで、鼻筋をまっすぐにしてやや顎を前にだす。

※井上雄彦さんやとみ新蔵さんがこの顔の表現と姿勢をうまく描いています。

一 太刀の持様の事。

刀のとりやうハ、
大指、ひとさし(指*)をうくるこゝろにもち、
たけ高指しめずゆるまず、
くすしゆび、小指をしむる心にして持也。
手のうちにはくつろぎの有事悪し

訳:
太刀の持ち方は、親指と一指し指を浮かすような気持で添える中指を締めすぎないように緩みすぎてもいけない。
薬指、小指を絞めるような気持で、手のひらは緩みなくコントロールする。

等、心の持ちよう、身なり、目つけ、太刀の持様 運足など戦いの在り様を哲学的に深く描写しています。

映画俳優にみれる佇まい

用心棒

出典:用心棒

往年の昭和のスターの所作をみると、用心棒の三船敏郎さんの酒をぐい呑みで飲む姿は五輪書の太刀の持様に記述してある形(かた)、いわゆる「たつのくち」という手の形でのんでいます。眠狂四郎を演じた、片岡孝雄さんも美しかったです。

出典:眠狂四郎

出典:眠狂四郎

同じく眠狂四郎を演じた市川雷蔵さんの狂四郎の表情も「一 兵法、身なりの事」の顔の表情、目付を再現していました。
子連れ狼の萬屋錦之介さんも身なり、目つけ、太刀の持様が決まっていました。

近年では寺尾聰さん演じる「雨あがる」の構えは宮本武蔵の有構無構を体現している。

つまり鍛錬された所作は刀を抜くことも、戦いに転じる前に、圧倒的な強さと恐れを抱かせる最大の武器であるということを、武芸を磨くと知るようになってきます。

もし、剣術や古武術に興味を持たれる方がおられましたら、技だけでなく、心の持ちよう、所作の美しさから初めてもよいと思います。

興味がありましたら、今回紹介した映画をご覧ください。

用心棒 [Blu-ray]

三船敏郎 (出演), 東野英治郎 (出演), 黒澤明 (監督)

それまでの時代劇の殺陣は、東映作品に象徴されるような従来の舞台殺陣の延長にあった。いわゆる「チャンバラ映画」である。黒澤は、そうした現実の格闘ではあり得ない舞踊的表現を排除したリアルな殺陣の表現を探っていた。それは『用心棒』でひとつの完成形を見せ、当時の人々を驚かせた。

眠狂四郎

DVD-BOX

【収録作品】1「眠狂四郎殺法帖」2「眠狂四郎勝負」3「眠狂四郎円月斬り」4「眠狂四郎女妖剣」5「眠狂四郎炎情剣」6「眠狂四郎魔性剣」7「眠狂四郎多情剣」8「眠狂四郎無頼剣」9「眠狂四郎無頼控 魔性の肌」10「眠狂四郎女地獄」11「眠狂四郎人肌蜘蛛」12「眠狂四郎悪女狩り」

雨あがる

SUPER HI-BIT EDITION [DVD]

黒澤明が生前から温めていた企画を、黒澤組の助監督小泉尭史の手によって映画化。原作は山本周五郎の短編。享保時代、心やさしい三沢伊兵衛(寺尾聡)は剣術の達人ながら人を押しのけることができず、仕官の口もままならない浪人生活。妻たよ(宮崎美子)と共に旅を続ける。

五輪書

いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ5

シリーズ「いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ」待望の第5弾。 ・剣豪・宮本武蔵が死の直前に記したといわれる江戸時代の兵法書。 ・地・水・火・風・空の全5巻からなる原書の内容をそのまま生かしながら、読みやすいかたちに改めました。

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